江戸時代街道整備

更新日:2021年12月15日

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 江戸時代になると、全国的な交通網の発達により、各地で街道の整備が進み、宿場町が設置されるようになりました。特に五街道(東海道・奥州道中・中山道・甲州道中・日光道中)と呼ばれる街道が江戸幕府によって整備され、江戸時代の主要街道となりました。
 そのほか、街道には、一里塚(いちりづか)と呼ばれる塚が設置されるようになりました。これは、日本橋を基点に一里(4キロメートル)ごとに塚を築き、樹木を植えて目印にしたものです。
 市域にも小渕村・備後村に一里塚が設置されました。

  • 東海道 日本橋(江戸)を基点に品川から京都
  • 奥州道中 日本橋(江戸)を基点に千住から白河(宇都宮まで日光道中と一緒)
  • 中山道 日本橋(江戸)を基点に板橋から京都(近江国草津宿で東海道に連絡)
  • 甲州道中 日本橋(江戸)を基点に内藤新宿から下諏訪
  • 日光道中(36里11町20間・約185キロ) 日本橋(江戸)を起点に千住から鉢石宿(21宿)

豆知識

品川・千住・板橋・内藤新宿は、江戸の出口に位置することから江戸四宿と呼ばれるようになりました。

日光道中と粕壁宿について

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